トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月29日 (火)

パチンコファンに出来る事

今の色々な状況

東北の大震災、原発事故による放射能汚染、東京電力管内の電力不足
そしてパチンコへは強い、本当に強いバッシング。

さぁ、どうしようか。

このブログの読者が多いとは全く思わないが、もしも見てくれた人がいたとして・・・・
貴方はパチンコファンですか?アンチファンですか?どちらでもないですか?

どちらでも無いって人へは・・・・まぁ、いっか。これからも中立でお願いしますw

そしてアンチファンの人へ。
今回の震災に際して不謹慎極まりないホールは結構ありました。そういったホールへはどんどん批判の声を上げて下さい。
逆に、曇のない目で見て「ちゃんとやってるホール」へはどうか批判をしないであげて欲しい。
パチンコに色々と問題あるのは分かってんだけど、今震災にかこつけてあれもこれもと叩くのは何か違う。

そういう事は是非「平時に」「冷静に」「真正面から」批判をして欲しいし、業界全体に対して行なってもらいたい。ましてやホールって業界の一部だし、一番お金を儲けてる所でも無い。ギャンブルだからダメと言うなら競馬も競輪も競艇だって同じ。宝くじでさえギャンブルだろう。「違法なギャンブルだからダメ」と言う法律論だけなのであれば「ギリギリ違法では無い」のだ。

要は倫理的にダメなのか法律的にダメなのか、その立ち位置ははっきりとして貰いたい。

そしてパチンコファンの人へ。
アンチファンと同じく、不謹慎極まりないホールは批判しよう。そもそもそんなお店では打ってはいけない。今回の震災に際して「うわべだけのホール」や「お話にならないホール」ははっきりとわかった筈だ。

メールでの営業案内はめっきり少なくなった。しかし、未だに店内のイベント告知のポップに「激震」の文字が堂々と書いてあるホールもあるそうだ。要は自粛といっても本当にうわべだけしかやってないって事だ。

こういうホールでは二度と打たない事だ。こんなホールがまともな営業する筈が無い。
いつもこういう業界につきまとう「遠隔操作」ですらやってるかも知れない。
だって世間の事に何の関心も持たず、批判など意にも介さず、文字通り普段通りのガセイベント、煽りをやってるのだから、こんなホールを信用する方がどうかしている。

POKKA吉田氏の著書でも「遠隔操作」にせよ「脱税」にせよ無いと断言はしていない。否定していない段階で「ある」という事だろう。

要はこんな非常時にやらかす事を見ればそのホールが「社会の方を向いているのか」「背を向けているのか」がよく分かる。当然背を向けているホールというのは遵法意識も低いだろう。

つまり釘や設定以外の要素でまともなホールを選び出す絶好の機会とも言える。
そういう事もちゃんとやらずに呑気に胡散臭いお店でじゃぶじゃぶお金を入れるのはパチンコファンとしても失格だろう。パチンコ等という遊び、或いはギャンブルにうつつを抜かす事が出来るのは社会が平和だからだ。豊かだからだ。

その程度の事はちゃんと理解していなくちゃダメだと思う。

私もパチンコ好きだからパチンコは勿論打つ。これからも打つ。幸い今はいい台があるので打てている。だけれども決して社会から背を向けたりはしない。

それにこういうホールをちゃんと淘汰する事はファンにとってもいい結果をもたらす筈だ。

人が集まるべきホールに人が集まる事でそのホールは今よりはマシなサービスを出来るようになるだろう。
ホールの数が減る事でいつも問題になる過剰な新台入替が減るかも知れない(メーカーだって台が売れなくなれば別の事を考えなければ潰れていくだけ)。
過剰な新台入替が減ればそれもまたサービスとしてファンに還元されるだろう。

昔のような「楽しいパチンコ」が帰ってくるかも知れないのだ。

ファンには「打たない」という最強の武器があることを忘れてはいけない。

| | トラックバック (0)

2011年3月24日 (木)

パチンコがなくなる日

表題の本、入手して読みました。しかも一気に。

なるほどこんな事があったのか、へー、ほーと思いながら読んでたら一気に巻末に。

まえがきもあとがきも面白かった。機会があればパチンコ30兆円の闇という本も読んでみたい。

さて、せっかく本を読んだのだから感想も述べてみよう。
しかし興味を持って書を手に取る人も(一人くらいは)いるかも知れないので何でもかんでも書くのは申し訳ないから考えないとな(笑)

一つは釘調整について。現状黙認状態だが「玉が通らない調整はダメ」ってのは知ってた。
しかし13ミリより開けても処分対象になるとは知らなかった。ゲーセンでしかガバ空きが見られないのはこの為だったのか、結構驚いた。

大崎さん・・・・「夢戦」でたまーに違反してませんか?(爆)

と突っ込んでみたくなってしまった。

そして換金の話。三店方式というのは知っていた、がそれが大阪発祥だとは。
さすが大阪、いやこれだから大阪は・・・・まぁ人によって感想は変わる所だろう(笑)

そして換金についてはこれだけは意味がわからなかった。暴力団を排除する為に景品を「金地金」にしたという降り。憶測で想像出来る理由もなくは無いが因果関係がちょっとわからなかった。これは残念。

他にも色々と興味深い内容がてんこ盛りだ。パチンコ業界限定とは言え著者のジャーナリズムというか信念というかとてもよく分かる。あとがきにもそれが現れている。
テレビで時折見かける著者は「只のパチンコ好きのおっさん」なのだが、そういう人が人脈、聞く力、伝える力、それらを粘り強く続ける精神力を持っているとこういうのが出来上がるのだなと。今みたいに一つ一つが複雑になってきた世の中ジャーナリストももっと専門化すべきなのかも知れないとも感じた。

そして最後に、私は先日、この本を読む前にたまたま「砂上の楼閣」という言葉を使った。
著者は私とは全く違う問題のせいでやはりこの業界は「砂上の楼閣」だという。

でもこの本を読んだ後、あえて・無理やり繋げてみよう。著者の本意では無いだろうから私の勝手な考えとして。

パチンコ業界は「市場原理によって衰退し、政府によって潰される」かも知れない砂上の楼閣なんだな、と。市場原理で業界は縮小していくだろう。そして十分に縮小すれば影響力が低下する。そうなったら「警察は守ってはくれない」だろう。

やっぱり脆弱だ。脆弱すぎる。メーカーも含めてこんな危うい産業が上場するのって問題がある気がしてならない。
無くなってほしくはない。だって私はパチンコ好きだから。
だから業界人には「欲張りすぎるな」「足るを知る」と伝えたい。そんな風に思わされた一冊でした。

| | トラックバック (0)

東北大震災・・・ちょっとパチンコから離れてみる

いくらこのブログがパチンコ業界への云々といっても、そんな呑気な事を言っている場合でも無くなってきたようだ。元々呑気なつもりは無かったが、対応を間違えると最悪の事態すら起こりかねないような情報が飛び交いだした。

それは勿論、福島原発の問題だ。
何が起こっているのか本当の所は分からない。分からない事が問題とも言える。

チェルノブイリとは明らかに違うというのは今も変わらず思ってはいる。
チェルノブイリがどういった事故だったかは少し調べて見たが、やはり状況も事故の経緯も大きく異なる。これは事実だろう。
しかし放射能汚染そのものは今も「垂れ流し」の状態が続いているのなら被害そのものはチェルノブイリと同等になってしまうかも知れない。そうなってしまったら事故の経緯が違おうが関係なくなってしまう。
半減期の長いセシウム137(だったか?)が大量に広範囲に飛散してしまったら汚染という意味では同等になるだろう。

いずれにせよ本当の所が分からないのが問題だと思う。
そして「分からない」のにも色々とレベルがあるだろう。

東電は正確に把握しているのかどうか。

政府は正確に把握しているのかどうか。

もしも正確に把握しているのであればその対策は適切な手段が選択されているのか。

任せる他は無い。だって我々には決断をする能力が不足しているのだから。
原子力に関する専門知識も無い。人命(治安も含めて)、経済、外交、等々全てを総合的に判断してよりベターな選択をする知識も能力も勇気も残念ながら持ちあわせてはいない。

が、もし最悪の事態が刻々と迫っているのなら政治の決断として「何かを捨てる」決断も必要となるのだろう。
それが「福島県」という地域なのか(無論住民は完全に避難させて、だけど)、「関東」という地域なのか。いずれにせよ生命を最優先にする以上、経済活動を犠牲にするしか無いのだろう。

しかしこの決断は相当に勇気がいる。政治家とはそういうものだが、それにしても勇気がいる。最悪の事態となるリスクは既にあるのだろう。しかしそこまで深刻にはならないかも知れない。しかし・・・・と思考が堂々巡りしそうになる。

理屈で言えばより可能性とリスクが顕在化した時の大きさで排除すべきリスクを選択するとかそういった議論になる(正確にはリスク管理の教科書でも読んで欲しい)が、この場合可能性も顕在化した時の大きさも測定するのが難しい。というよりどちらを選んでも残るリスクもまた十分に大きい。

「結果として」事態がそこまで深刻にならなかった場合、それでも人命を最優先させた結果と「風評被害」や「パニック」によって被害が出るだろう。
逆の場合には人命が長期間に渡って危険にさらされる事になる。

そりゃ人命を優先させる方が良いに決まっている。というより本来なら議論の余地は無いはずだ。

しかし、私も含め多くの国民は「本当の事を知りたい」と思っている。
その裏には「大丈夫なんだ」と安心したい本音がある。

こんな状況下では「杞憂で終わって良かった」とは言えない。というか国民がそれを果たして許すだろうか?今、私も含め国民は政治家に「絶対に間違うな」と脅迫をしているのかも知れない。

政治家はだから迷う。「大丈夫じゃないかも知れない」と言ってしまったら何が起こるか。
そのリスクまで抱えたくないのかも知れない。「絶対に大丈夫だ」とも同じ理由で言えないのだろう。自分がその立場だったらと思うと気持ちも理解出来てしまう、困ったことに(苦笑)

私たちは(今の民主党に限らず)、政治家を選ぶにあたって正しくない選択ばかりしてきたのだろうか。それとも誰を選んでも同じ結果だったのだろうか。何とも悩ましい。

とにかく国民に全ての情報を出さなくても良い(パニックが起こってはいけないから)。
が、細かく正確な情報をしっかり集めて欲しい。
その上で政治家(与野党問わず)も、官僚も、この国を統治している人達全てが最も正しいと思う決断を曇のない心でしてもらうしか無い。それを国民は信じるしか無い。

そう思って腹を括って普段通りの生活をするしか無い。

無い知恵絞って考えたのはこんな結論しか無かった。
うん、でもきっと今国民に出来る事は「腹を括る」事だろう。それが政治家に伝わればきっと政治家も「腹を括ってくれる」だろう。

| | トラックバック (0)

2011年3月19日 (土)

今回の震災に対するパチンコ業界の対応で思う事 その3

第三弾です。多分、これが最後・・・かな。

このブログに変えてから最初に3つほど記事を書きました。
色々と私が感じている懸念を話したのですが、今回の未曽有の震災という危機に際してそれが一気に表面化してきているように感じたのです。

一言で言うならパチンコ業界は脆い、脆弱だと言う事。

脆弱になった理由は新台だったり、元々の成り立ちだったり、ビジネスモデルの問題だったりする訳ですが、その結果としてファンを減らしてきました。
数字にすると一部稼働が上がっていたり遊技人口が増えている面もあるようですが、増えている遊技人口というのは「ファン」では無いのだと改めて感じたのです。

例えば、約束の時間までまだ1,2時間あるな、って人が1円パチンコで時間を潰す。そんなものも遊技人口には当然含まれている筈。
だとすると本当にパチンコ好きな人達はやっぱり減ってるんじゃないか?減り続けてるんじゃないか?多分そうなんでしょう。

だからこういう災害に際してパチンコ業界へのバッシングが激しくなる。本当のファンが沢山いるのならある程度は抑えられます。
例えばお笑い業界。普段やってるようなバラエティーは今やったら叩かれるでしょうね。劇場でやってたって不謹慎だと言われるのかも知れない(実際に言われているかも知れない)が、パチンコほど大きなものにはなってないようです。
スポーツもそうでしょう。シンディ・ローパーが日本公演をそのままやると言っても誰も批判しない(まぁビッグネーム過ぎるだけかも知れませんが)。

やっぱりエンターテイメント業界って「ファン層の厚さ」が力の源泉なのでしょうね。
普段売上が上がっていようと利益が上がっていようとファンをちゃんと獲得出来ていないのならこういった時に非常に弱い。だって誰も庇ってくれないから。むしろこんな時にアンチに変わってしまう人が大勢出てしまうから。

以前述べたような理由でパチンコは元々パチンコを愛する人達をつまはじきにしてきました。だってそういう人達は「上手いから」「抜けない」のです。
過度な新台導入のつけが釘調整に及んでくると「じゃあいいや」と辞めてしまう。上手くても辞めない人達というのは「プロ」と呼ばれる人達でこれはこんな状況でも勝ってしまう。
そうなるとパチンコファン以外から稼働を上げないといけなくなる。負けてくれる人をもっと増やさないといけなくなる。
だからもっと新台を入れる。メーカーも稼働支援と称してCMをバンバン流す。それらのコストはさらに釘調整を悪くする。

大地から栄養を吸いとり続けて砂漠に変えてしまうようなものです。「還元」という補給をしないから吸いとり続けるだけになってしまう。それでも人を集める為にきらびやかに飾る。アピールを続け、呼びかけを続ける。

ちょうどいい言葉がありますね。砂上の楼閣という奴です。

パチンコ業界は自らの足元をどんどん砂漠に変えて、代わりに見栄えだけを立派にしようとし続けてきたのがここ数年の歴史だと言えそうです。

そして皮肉にも地震がパチンコという楼閣を揺らしています。足元の砂が震え、楼閣を支えきれなくなってどんどん沈んでいっている。今はまさにそんな状態なんでしょうね。

こうやって考えると自業自得なんだという事がよくわかる。
何も無い時には儲ける事が出来るが、こういう時に全く耐性が無い。想定していないから。
リスク管理が出来ていないとも言える。どんな状況になっても業界として企業として生き残る為の計画が無いのだ。

少なくとも自分達が危うい立場にある事を認識していれば最低限「生き残る」事を担保する為にどんなリスクがあって、どう対処すべきか?の議論はしていて然るべきだった。
それが認識が無かったのか、リスクを認め対処法を考える事を「不謹慎」だと考えていたのか、それとも考える事が(自分達の不誠実さを)認める事に繋がるからあえて見ないフリをしてきたのか。

中の人間でない以上、どれが正解なのかはわからない。どれでも無いかも知れない。

今回のような震災等細かい事象を想定することは不可能に近いだろう。しかし直近では北朝鮮と韓国の間で緊張が高まった事件があった。もしも隣国が戦争状態に突入したら業界にはどんなダメージがあるのか考えてみた事はあるのだろうか?そうでなくとも北朝鮮に送金しているなどとまことしやかに批判される業界である(大した額では無いと言う話も聞くが逆に言えばごく一部は韓国、或いは北朝鮮に流れているという事だろう)。
北朝鮮と韓国が戦争状態に陥ったら米軍は必ず韓国を支援する。そして日本も国連決議等があれば支援をするだろう。
そんな時に国内で真っ先にバッシングを受ける可能性のある業界では無いのだろうか?北朝鮮に軍資金を提供するな(送金停止)、営業をやめさせろ、と一部の在日韓国人が経営しているホール等には批難が集中するかも知れない(北朝鮮かどうかなど区別がつくはずも無いのだから)。或いはどこも同じだと全てのパチンコ屋が批難されるかも知れない。

こんなリスクを想定してみた事はあるだろうか?きっと無いのだろう。だから今回のような事態に、こんなにも対応がバラバラであたふたして、逆切れをする奴まで出てくるのだ。

まずは自分達が「砂上の楼閣」であるという「リスク」を認識する所から始めたらどうだろうか?手遅れかも知れないが何もしないよりはマシというものだろう。

| | トラックバック (0)

今回の震災に対するパチンコ業界の対応で思う事 その2

第二弾です。

第一弾ほど怒りの内容では無いが、やはり疑問符を感じる対応が散見されるのでもう少し言及しておきたい。

疑問符を感じる一つは第一弾の逆「過度な自粛」である。
これは主に被災地から遠く離れたホールの話だが、やはり節電だとかメール配信の自粛などの対応が非常に目立つ。ニュース等世間の情報を正しくチェックしていれば東電管轄外の地域では節電は不要な事ははっきりしている。
また電話とは違ってメール等に使用するインターネット回線がパンクしているという話も聞いた事が無い。
これらから読み取れる事は「まともに世間の情報を、ニュースをチェックしてすらいない」という事と「無用な批判を避ける為に無難に自粛しておこう」という事なかれ主義である。

前者はパチンコ業界の愚かさ、情報弱者ぶりを露呈している。
後者はパチンコ業界の伝統とも言える。そもそもパチンコにはグレーな領域が沢山あり、普段から批難されることの多い業界である。しかしそういった批難を聞かないフリをしていれば儲かる業界でもある(もちろん経営の苦しいホールも今は沢山ある)。

つまり批難される事を避ける事しか考えていないのだ。この中には被災者の事等頭の片隅にもないと言い切ってもいいだろう。自らの保身しか考えていない。

別に自粛が全くダメとは言わない。しかし一方で批判を覚悟の上で「支援をしながら、普段通りの事もやる」と言い切っている為末選手の覚悟と比較してみるとわかるが、人々に楽しさや夢や勇気や癒しといった様々な「心を作る」業界に身を置く人間として非常に薄っぺらく見えてしまうのだ。

彼らパチンコ業界人の中には大層にも「夢を与える仕事だ」と言う人がいる。本当にそうだと言うのなら何故批判を恐れる必要があるのか?誇りを持って夢を与え続ければいいではないか。

答えは簡単だ、自分達自身がわかっているのだ「夢を与えてなどいない」事を。
その事自体に大きな罪は無い。仕事としてやっていてそこに遊びに行く客がいる以上、夢を与えていなくともニーズはあるのだから。
でも、だったらそんな大層な看板を掲げるんじゃない。文化だとか夢を与えるだとかご大層な事を言うんじゃない。言うのならとことん貫いてみろ。と思う。

疑問符を感じるもう一つは「被害妄想」である。

今回の件で相当に業界やホールはバッシングを受けているらしい。私は業界関係者では無いから程度はわからないが、おそらく相当なものなのだろう。ちょっとは私も同情する。

その状況に対してか、ツイッターで「今自分達はスケープゴートにされている」といった趣旨の発言をしている業界関係者を見た。
これも相当に呆れた。今までも述べてきたように批判されても仕方のないようなグレーな存在で、今回は火に油を注ぐような事をしているのにスケープゴートとは何事か。
スケープゴートというのは皆さんご存知の通り「生贄」の事だ。何か守る為に何の罪もない「誰か」を犠牲にするものだ。

たかがパチンコ業界を批判して何が守れるというのだろう。実際に生贄が行われていた(原始宗教とでも言えばいいのか)所では生贄とは神聖なものだ。

そもそも他のエンターテイメント業界も批判されている。パチンコ業界はもっと多いというのだろう。それはその通りだ。批判されても仕方の無い事を沢山しているでは無いか。違法すれすれの世界で生き抜いてきた業界だと自覚していれば、自分達が犠牲になっているなどという勘違いは起こさない。こういう時こそ他の業界以上に誠実に対応する事しか無いと考えるのが普通である。実際にそうしているホールや業界関係者もいるのだ。
なのに何故か人々の怒りのはけ口として謂れの無い誹謗中傷を受けているかのように本気で思っている人間が業界内に確かにいるらしい。

被害妄想も甚だしい。自覚が無いというのはとても恐ろしいものだ。

そしてまたこういうバカのせいで業界の評判は落ちていく。

疑問符を感じた最後は「内向きの議論」である。

第一弾で述べたようなホールへの批判は良い。これは内向きなのでは無く自浄能力を見せる必要があるからだ。
一方で今回の震災に対する貢献のアイデアが出てきた時の業界人の反応がいただけない。曰く「そんな事は(法規制のせいで)出来ない」曰く「もっとちゃんと考えろ」挙げ句の果てには「素人が口を出すな」みたいなものまでも。
パチンコ業界というのは特異性があるからプロ集団でなければ口を出してはいけないらしい。実はこういう事を言う人間が一番のど素人なのだ。
本物のプロは異なる意見に耳を傾ける。そして異なる意見の中から自分達の常識では出し得ないアイデアの種を見つけ出し、それを実現までこぎつけるものだと私は思う。

よく異業種に学べと言われるが、それは違う業界のアイデアややり方をそのまま取り込むといった猿真似をしろという事では決して無い。
それは「エッセンス」を抽出し、考えに考えぬいて使えるものへとしていくのだ。それは自分達の仕事の「本質」を理解し、自ら考え行動する能力のある人間にしか出来ない。創造性が必要といってもいいし、本当の意味で考える力が要求されるのだ。

プロのふりをするど素人にありがちなのは「知識」に頼り「知識をひけらかす」。
考える能力が無いので「知っている」事だけで自らをプロだと勘違いしている残念な人達だ。もちろん「知識」は重要だが、それはプロの「必要条件」であって「十分条件」では無い。例えて言えば司法試験に通った瞬間にプロの弁護士、裁判官、検察官になれるだろうか?決してそうでは無い。その後沢山の経験を積み、その上で尚考え、行動し、信頼を勝ち得た人だけが「プロフェッショナル」と呼ばれるのだ。例えバッジを持っていても悪徳弁護士をプロと思うだろうか?証拠をでっち上げる検察官をプロと思うだろうか?

こんな事は自明だと思っていた。それこそ異業種に照らして考えればわかりそうなものだが、そんなことも理解していないらしい。
確かにパチンコ業界は特殊だろう。様々な法律の規制もあるだろうから業界人でなければわからないこと知らない事は多い。
しかし、だ。だからといってその知識を知らない人間の意見に耳をかさないというのは世間の言葉に耳をかさないということと変わらないのだ。

自ら世間との間に壁を作っていると言ってもいい。世間に支持されない限り滅ぶしか無いエンターテイメント業界に身を置きながら「お前らにはわからないよ」って社会に生かされている存在でありながら社会を見下しているように見えて仕方が無い。

結局、こういうバカな話を色々見るにつけ「パチンコがなくなる日」って本当に来るかも知れないと思った。なくなっても困る人は少ないしね。パチンコメーカーは大手は少しリストラして別の部門にシフトすれば済んじゃったりするしね。後はホール関係者とパチプロくらいのものだろう・・・・しかしホールにとってずっと敵視してきたパチプロくらいしか最後には味方になってはくれないってのは皮肉というか、哀れというか。いやパチプロですら「だったら他の事やるよ」って言うかも知れないけど。

本当にパチンコが夢や一時の娯楽を提供するものであったならこんなにも批判される事は無い。その意味でもやっぱり自業自得なんだが、それを全く自覚していない事が今回の震災のドタバタでよく分かったよ。

| | トラックバック (0)

今回の震災に対するパチンコ業界の対応で思う事 その1

今回の東北大震災、発生の第一報を聞いた時にはこれほどの大災害になるとは全く思っていなかった。正直津波さえなかったらもっともっと被害は少なかった筈だろうけど、その津波でさえ今までの私の感覚ではこんな恐ろしい被害をもたらすものだとは思ってもみなかった。

日本には防波堤にしろ、建物の耐震対策にしろ、過去の災害の経験を踏まえて世界でも最も高いレベルの対策が施されていると勝手に思っていたから。

私は幸いにも被災地から遠く離れており、今も安心して生活が出来ている。
この幸運に感謝しつつ、東北の方々にはこれからも長く続いていく震災との闘いを応援したいと思っています。

前置きが長くなってしまったが、ブログタイトルにある通り、このブログはパチンコ・パチスロという娯楽に対する苦言を呈するものとして記事を書いています。
だから今回はこの震災に際して業界がどういう対応をしているか?ネット等で見聞きした事に基づいて「苦言」を呈したいと思います。

まず、こういった巨大な災害で苦しんでいる人が大勢いる中で業界はどうあるべきか?
他のエンターテイメント業界ではどうなのかも併せて考えてみたい。

エンターテイメント業界といっても幅広いが、共通する事として「社会が平和で安定している事」が業界が成立、繁栄するためにはどうしても必要でしょう。
例えば国が戦争状態にあったとしたらプロ野球だって、Jリーグだって、お笑い番組だって今のように出来るとは思えない。

つまりこういった業界に身を置く人達は自分達の為にも「社会を守る」動機があるとも言える。もちろん心の底から善意で寄付を行ったり、ボランティアをしたり、呼びかけを行う人も当然います。これは普段から「この人達に俺は、私は支えられている」と実感を持っている人であれば「今度は俺が、私が支える番だ」とごく普通に考えるからかも知れません。

いずれにせよ多くの有名人が様々な形で支援を行い初めています。
そして残念な事に支援を行っても批判をする人もまた出てきます。

さて、こういった状況でパチンコ業界はどうなのでしょうか?
良い例としては各店での募金の呼びかけをしているホールはかなりあります。以外と普段から募金箱を設置しているホールも多い。また大手ホールチェーンには企業として寄付を行った所もあります。

しかし、です。一方でとてもみっともない行為をしているホールも沢山あるようです。
代表的なものは大手ホールチェーン(寄付とした所とは別)の都内のお店では計画停電に対して非協力的な態度をとった所があるとか。業界団体としては電力消費の激しくなる18時以降の節電に協力するために短縮営業を要請したのだが、このホールは「3時間営業を短縮はするがそれは午前中に行う」と言って夜間の営業を強行したとの事。
さらに悪いことにはそれを見て近隣の他のホールも夜間の営業を再開した所が出てしまったそうだ。勝手な行動をとったホールが儲けて、売上減を承知で正直に通達に従うのがばかばかしくなった等の理由からだとか。
もっと単純に「従わなくてもいいんだ」と安易に考えたホールもあるかも知れない。
「大手がやるんだったら批判はその大手に行くからうちも乗っかってしまえ」という考えのホールもあったかも知れない。

いずれにせよこの時期、このタイミングで人々が節電に励む中、堂々と営業をするパチンコ屋を心よく思わない人が沢山出てくるのはごくごく自然な事だと思う。
過度な自粛は控えるべきだが、東電管轄地域が電力不足に陥り、計画停電の対象地域に(これは東電のミスだが)被災地が含まれてしまうような状況下で営業を自粛するのは当然では無いだろうか。
そもそも電車等、移動手段も極端に制限されている状況で夜遅くまで営業した所で繁華街のホールには普段ほどには人が集まるとも思えないし、家族を持つ多くのサラリーマンも家に帰らずパチンコを打つ等する気分になれない人も多いだろう。

また同じような理由で外食産業も客数が激減しているという話も聞く。
要は被災地とその周辺地域は「今はどこも苦しい」のだ。当然の事である。

なのにこれでは・・・・ちなみにこの大手ホールチェーン店含む一部ホールの「暴走」によって業界団体は「18時閉店自粛」という方針を変更し「営業時間3時間短縮自粛」としてしまった。全くもって愚かな対応だと思う。善意をもって寄付をしようが何をしようがこの一件でふっとんでしまったように思うのは私だけだろうか?

社会の風潮に全て同調する必要は無い、無いが安全、安定した社会があってそこに住む人々に支持されてこそのエンターテイメント業界である。その業界がわざわざ批難されても仕方が無いような事を次々とやっている。はっきり言えば大馬鹿野郎共だ。

何度も言うが業界人(ホール関係者、メディア関係者等)には今回の震災に心を痛め、自分達に出来る事を懸命にしている人達が確かにいる。しかしほんの一握りの金に目のくらんだ馬鹿野郎どもがそれを台なしにしている。信頼を得る事よりも信頼を失う方が遥かに簡単なのにそれを全く理解していない。

こういう事を平気でやる人間は自分達が社会に生かされている存在であることを忘れているとしか思えない。そういう人はどの世界にもいるが、その本音が余りにも見え透いてしまう。「頭の悪い小悪党」といった所だろうか。

この一件には本当に呆れてしまった。どうかパチンコ好きな人も、良識ある業界人もこういった態度を許さないで欲しい。同業者の中から、パチンコファンの中からこういったホールを批判する声が上がり責任を取らせない限り信頼が回復される事は決して無いと思う。

それはファンの減少を加速させるだろう。
またカジノ法案等の話もある中でこんな醜態を晒す業界が支持されはしない。
つまり日本でカジノを運営することが正式に認められた時に併せてパチンコも換金の合法化等が認められるという話がある。が、むしろ逆の結論となるのではないか。
合法化どころか、今の三店方式も違法とされ、釘調整も違法とされ事実上パチンコ業界が消えてなくなるかも知れない。まさに「パチンコがなくなる日」が身近に迫っているように思えてならない。

だってパチンコファンを自認する私でさえ「それでもいいんじゃないか」と思うのだから。

| | トラックバック (0)

2011年3月13日 (日)

パチンコの構造不況 ~ グレーゾーンのギャンブル ~

構造不況編パート2です。

パチンコの根本は「実質ギャンブル、公には娯楽」というとてもグレーな存在です。

公には娯楽である以上、換金というのは「違法行為」です。そこを換金所というホールとは異なる場所を介する事(ホールは「景品」を出しているだけ。「たまたま近くに」その景品を買い取ってくれる別のお店があるだけ(笑))でグレーゾーンに留めているのはみなさんご存知のとおり。三店方式とか言うらしいですね。

また釘調整もメーカー出荷状態から変更するということで本当は違法らしい。
本来ホールがやっていいのはメーカー出荷状態から時間経過とともに変わってしまった釘を戻す行為だけなんだそうです。

こういったグレーゾーンでやる以上、警察を含めた司法の判断一つでホールは犯罪組織に変わります。つまり警察との密接な関わりを抜きには語れない。

これは違法だからダメ、って論法では無く、ここにも私は構造不況の原因があると思っています。では何が構造不況の原因になるんでしょうか?ちょっと考えてみましょう。

要は(主にホールですが)、かなりお役所に縛られる業態だと言う事。
逆に言えばお役所に守られている業態だと言う事。

お役所に縛られるということは自由度が低い、おそらく出店一つとっても手続き一杯でしょう。新台を導入するにも手続きだらけ、何かを変えよう(交換率とか)としても申請が必要・・・・想像するに機動的に運営出来ないんじゃないかと思うんですね。

また一方お役所に守られている部分もある為、ぬるま湯になるという弊害もあります。
例えばイベント。打てない地域もあるようですが、イベントを開催する時に警察?からは概ね「いたずらに射幸心を煽るような表現は控える事」と指導されているようです。
つまりイベント内容として直接的な表現を告知すると怒られるらしい。
「曖昧な表現しか出来ない」という事になるんですが、逆に言えば曖昧さを逆手にとると・・・・そう、ガセイベントを打っても嘘を付いたことにはならないんですよね。

どこのホールでも釘なんてほとんど動かしていないのに「出玉出します」「地域最強」なんたらかんたらと煽り文句を書いてきます。
でも何とでも言い逃れが出来る表現しかしないのをいいことにこぞって「最強」を名乗ります。

本当に市場原理が働いている厳しい事業環境であれば、消費者の信頼を一度でも裏切ったら言い訳をする余地など無く、会社が潰れる所まで追い詰められます。
食品の産地偽装問題とか消費期限の偽装とか色々ありましたが、どの会社も大変な窮地に立たされてきました。潰れた所も多い。

けれどもホールは違う。消費者に嘘だと証明する手段が(ほぼ)無いからです。
射幸心を煽らない代わりに事実を公表する義務も無い。
これでは多くの消費者はよりよいホールを探す事が出来ません。時間と手間暇を惜しまない一部の人達しか優良店を或いはダメなお店を見極められないのです。
上手い人からすると「だからこそ俺たちが勝てるんだからいいじゃないか」と言うでしょう。
しかし業界全体となるとそんな風に考えてはいけません。

こんなぬるま湯な事業環境でそのビジネスは強くなっていくでしょうか?
娯楽産業というカテゴリーで見た時に他のレジャーより魅力的なものとなるでしょうか?
そんな事は無いでしょう。他の業界とは比較にならないくらい競争がありません。

ホール関係者はきっと「そんな事は無い」と思うのでしょうね。俺たちも頑張ってると言うのでしょうね。

でも本当にビジネスの最前線で戦っている人達からすると「そんなもん努力の内に入らないよ」と一笑に付されるでしょう。

市場原理の中で動きながら規制業界であるがゆえに本当の意味での競争が無い。

これも私がパチンコは構造不況だと考える理由の一つです。

| | トラックバック (0)

2011年3月12日 (土)

パチンコの構造不況 ~ 新台の功罪 ~

前回は不況に強かった筈のパチンコがダメな理由を私なりに考察してみました。

今回はもう少し掘り下げてみたいと思います。

まずは新台について。

ご存知の通り、パチンコの新台というのは毎年沢山出ます。
多くの人が一度も打たない台が一杯あるでしょうね。それくらい沢山の新台がリリースされています。

普通の業界であれば新しいものには一定のサイクルが存在します。
例えば貴方が車を買ったとして3ヶ月で乗り換えますか?なかにはそんな人もいるでしょうけれど、事故で廃車にでもならない限りは普通は何年も乗る筈です。

多くの人はパチンコの台がいくらするのか知らない筈です。一般に販売されるものじゃないですからね。
でも業界人のブログなどを見ると一部の台価格が書かれている事があります。

そういった情報によると新台として購入する場合、1台30万以上します。
10台導入するだけで300万です。そこにホールの利益が乗っかった分を打ち手が負担している事になります。

ここに打ち手でも見える部分「稼働」を考えてみましょう。
最近の新台ってどうでしょう?お店にもよりますが1週間もすると空き台が出てきて1ヶ月もするとガラガラなんてシマも珍しくないのでは無いでしょうか?

こういった稼働の悪い台がある場合、そのしわ寄せは稼働のある台に行きます。
お店は「全体で」利益を出さないといけないわけですからね。当然の帰結です。

何となく構造不況の理由がわかってきたんじゃないでしょうか?

メーカー、ホール、打ち手それぞれの立場で考えると・・・・

メーカーは新台を売って初めて商売になります。1年間新台を一台もリリースしないと極論売上はゼロですから、そんな事は許されません。
また売上を伸ばそうとするなら少しでも沢山売る事が求められます。
株式を上場しているメーカーも多いですしね(というかほとんど??)。売上をアップさせ利益を向上させる事は株主の要請でもあります。

一方ホールにとって新台とは前回書いた通り「稼働維持の為にはかかせない」ものです。
本当はそうじゃないけれど、今はそれしか無いと思っているフシがあります。
どう考えても「何が面白いんだ??この台」って思う台でも平気で導入しているホールって多いですよね?色々とメーカーとの付き合い(過去の購入実績が低いと新台が買えなかったりする。或いは本当に欲しい新台の為に抱き合わせで買わされる)があるようで、そういった真っ当な業界では既に無くなっている悪しき商習慣が残っていたりする事も理由でしょう。
※.こういうのは公正取引委員会とか取り締まってくれないのかね?w

そして打ち手にとって新台は昔の事があるからか未だに「出る」「出す」と思っている人がいたり、とにかく新しもの好きな人が群がったりする。

つまりメーカーもホールも打ち手もそれぞれの立場で正しいと思って求めたものが行き過ぎたのが今の新台乱発、稼働期間の低下(台が長持ちしない)といった結果を招いています。

その結果がパチンコ業界をどんどん縮小させていくというのは皮肉なものです。
ホール・メーカー・打ち手のバランスが崩れると崩壊に歯止めがかからなくなる。なりやすい。市場のパイは決まっているし、ある程度還元をしながら収益を得るモデルでありながらホールとメーカーは大きくなろうとする。とても自然に。

パチンコを批判する人達がメーカーもホールも単純に悪として扱う事が多いのですが、私はちょっと違うかな?と思っています。
今まで述べてきたように市場原理に基づいて比較的普通の経済活動をしている訳です。

しかしこれがパチンコというビジネスにそもそも合っていない。
普通のビジネスであれば開発のコストは開発元がリスクを犯して負担します。
その商品を仕入れるお店は仕入れ代金を自分達のリスクで負担します。
売れなければリスクを負った分だけ損をします。

しかしパチンコはどうでしょうか?最終消費者である打ち手の多くはパチンコ台の価格など知りません。また稼働しない台のしわ寄せが他に来ていても容易にはわかりません。情報格差って奴ですね。普通のビジネスに比べればかなりリスクが低いんですよね。

構造上、メーカーは売ってしまえば後の事は関係なくなる(ま、不誠実ではありますが)。
ホールはダメなら他の台で回収すればいい。中古市場に流してもいい。打ち手と接しているホールですらかなりリスクが低いと言えるでしょう。
そうなると市場原理の中ではメーカーもホールも最終消費者たる打ち手よりも他メーカー、周辺ホールとの競争に目が行きやすくなる。行かざるを得なくなる。

でもその積み重ねが市場を小さくしてしまった。多分、これからも。
誰かが確信犯で悪い事をして、市場がおかしくなったのならまだ取り返しが効く。
しかし実はそうじゃない。もちろん悪いことをしてる奴もいるだろうけど、それは今のパチンコ不況の原因じゃないと思う。一番タチが悪いけど。

これを変えるなら・・・・

メーカーの数が減らないとダメ。新台のリリースももっと抑えないとダメ。
ホールは新台購入費を抑え、抑えた分を還元しないとダメ。
打ち手は新台だからと飛びつかない。ちゃんと釘を見て、試し打ちをして回らなけりゃすぐにやめる。

今更出来るだろうか?特にメーカーの数を減らすなんて出来るだろうか?

だから「構造不況」なんです。そしてこの不況の底は見えない。

| | トラックバック (0)

2011年3月11日 (金)

パチンコが不況に強いのは昔の話

昔、パチンコ業界は不況に強いと言われていました。
何故でしょうか?最初はここからスタートしたいと思います。

不況になるとみなさんお金を余り使わなくなる筈です。それでも強いというのであればお金を使う人が多かったって事になりますが今のパチンコ屋の状況を見る限り、客が集まっているとはとても思えませんね。

どうやら今とは明らかに状況が違ってきているようです。

昔と今とで一体何が変わったんでしょうか?

パチンコは一応表向きは「レジャー産業」に分類されます。
多くの人にとって家計の余裕の中からこういった産業にお金が流れていく事になるわけですが、不況になると家計の余裕は少なくなりますから当然レジャー産業は苦しくなるのが普通です。

それでも昔はパチンコにお金が流れていた。そして今は違う。

パチンコには色々と問題が山積してはいますが、根本的な問題ってここだと思うんですよね。

要は「他のレジャー産業にコストパフォーマンスで負けている」んだと私は理解しています。

ホールは一定の利益が上がらなければ当然営業を続けられません。
この「必要な利益(粗利)」を打ち手から「回収」しなければいけません。つまり打ち手が減れば減るほど一人当たりの負担額が大きなものとなります。

この負担額と得られるサービスと他のレジャー産業にかかる金額と得られるサービスとを比較した時に明らかに劣ってきたというのが今の状況を生んでいる根本理由だと思っています。

そして先ほど言った通り「打ち手が減れば減るほど一人当たりの負担額が大きなものとなる」以上、一度稼働が低下しだすと歯止めをかけるのが非常に難しい。

普通の産業であれば企業努力によってより安価なサービス提供をする等の対策を講じる訳ですがパチンコの場合「ギャンブル性」がウリな関係でこれも難しい。
本来であれば1パチ等はより安価なサービスな筈なんですが、1パチも利益を出さなければいけないので結局「還元率を下げる」事で成立している。
つまり確かに使うお金は少なくなるが、その分負ける事が多くなる。
「ギャンブル性」がウリだというのに負けてばっかりでは・・・・・

だったらホールがしっかりコスト削減をすればいいのですが、その為には色々と設備投資が必要です。例えばパーソナルシステム。人件費を大幅に削減出来るんだけど全台に完備するとなると非常に高額になる(1台当たり20万ほどらしい)。そのお金が調達出来ればこれも一つの方策なんだけど今のご時世、パチンコ屋に設備投資の目的で何千万と貸す金融機関はほぼ無いと言っていい。

しかも従業員のクビを切る、或いはドル箱積まない訳だから出玉感が演出出来ない(底上げしたドル箱で涙ぐましい「演出」を見ますよね?)等々デメリットもある。

元々パチンコ屋の仕事がシンプルなだけにコスト削減出来る要素が実は余り無い。
あっても非常に難しい(資金繰りやリストラ等の問題を乗り切らないといけない)。

では高騰していると言われる新台費用を抑えたらどうだ?となるわけです。今の新台は30万から40万程度、下取り、リユースや枠を買わない等の手立てをとっても確実に20万以上はするでしょう。かなり高価(この点はまた後日話題にします)ですから確かにコスト削減策としては有効に見えます・・・・が、これは打ち手の関係で問題がある。
要は「新台だから打つ」「新台は出る、出す」って未だに思っている(アホな)打ち手も多い為、他店との競争を念頭に置くとなかなか減らせない。

実際、去年ですか新台入替自粛期間中の稼働が酷かったホールは多いとの事。
改めて「新台は必要」とほとんどのホール関係者が考えても仕方が無いのです。

他にもコスト削減策はあるでしょうけれど大きな要素はこの二つでしょう。
となると・・・・・コストという観点で他のレジャー産業との間で競争力を取り戻すのは不可能に近い。

コストが無理だというのなら「パフォーマンス」というか打ち手から見たパチンコの価値(面白さ)は上がっているのでしょうか?こちらが打ち手がかけるお金に見合っているなら問題は無い筈です。この点で企業努力をする余地はある筈ですね。

ある筈なんですがパチンコという枠内で出来る事には余りにも限界があります。
全く新しいものといっても「玉を弾いて入賞口に入賞すると玉が出る」って大原則まで崩す訳にはいかない。
大原則は守りつつ色々と工夫を凝らしたスペックも登場してきましたが、余りにも強い攻略要素があったり、警察との関係なのか業界団体が内規改正を繰り返してチャレンジャブルなスペックを作れなくしてきた為に何時まで経っても進歩が見られない。
出来る事といえば液晶(映像)をキレイにしたり音や電飾を派手にしたり、その程度しか変わっていない。

これじゃあ厳しい。とてもじゃないけどより楽しくなったとは言えない。
しかもやたら確変突入率、継続率重視のスペックにするものだから勝つ人と負ける人の差が大きくなる。つまり楽しい思いをする人の分だけ嫌な思いをする人を増やしてるので全体で見ると何も面白くなっていない。

そして悪いことに「嫌な思いをした人」の中にはパチンコ辞めちゃう人が出てくる。
するとさらに一人当たりの負担が大きくなってしまう。そして・・・・と完全に負のスパイラルに入っている。これじゃあ他の娯楽産業に勝てる筈も無い。発展する訳が無いんです。

と私の狭い考えではありますけど、今のパチンコ業界の将来は非常に暗い。
元々法律のグレーゾーンのおかげで発展してきた業界ですから色々と問題も一杯あります。が、そんな事とは関係なく市場原理の中で衰退していっている業界だと思っています。

そんな業界ですから、ドラスティックな変化が起きない限りこのまま潰れていくでしょう。
相対的に弱くなったこの業界に今の不況を乗り切って復活する力は無いと思う。パチンコ業界人(特にメーカーと大手ホールの経営陣)に今の流れを止める「英断」が出来る人がいるとはとても思えないですからね。打ち手とメーカー、ホールの間に情報格差がある以上、ギリギリまでしゃぶり尽くそうとする筈です。その方が簡単だし、自分達の血を流さないで済みますからね。

となると打ち手に出来る事はただ一つです。

打たない事。これがパチンコを少しでも良くするたった一つの方法でしょう。

新台を打たないってだけでもいいです。
今までの半分しかお金使わない、ってのでもいいです。
打ちにいく日を半分に減らす、でもいいのです。

パチンコが好きだからこそ少しでも、或いは今までよりは「打たない」という選択肢を一人でも多くの人が持ってくれたらと思います。私も好きですから辞めろとまではいいません(笑)

今、私はパチンコは辞めてます。理由は面白く無いから。打ってて気分が悪くなるから。
なまじっか期待値とか時給計算とか出来るし、かと言って止め打ちがめちゃめちゃ上手いって訳でも無いビミョーなレベルの人間からすると今のパチンコって余りにも・・・・。

まぁこれ以上はヤメておきましょう。

みなさんも本当にほどほどにね。

| | トラックバック (0)

リニューアル第一回目

今までのブログ、長い間更新していませんでした。
個人的に色々とあったからなんですが。

でほったらかしにしている間にパチンコ・パチスロの状況は劇的に悪くなってしまいました。
カジノも本格化しそうな雰囲気漂う中、庶民の遊び、小さなギャンブルとしてもう少しまともになって欲しい。
そんな思いでまたブログを更新してみる気になりました。

まともになる為には打ち手が知恵をつけるしか無い、そんな思いもあります。

という訳で色々とパチンコ・パチスロに関して思うところを書いていきます。

|

トップページ | 2011年4月 »